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2011年3月

2011年3月31日 (木)

3月議会ー1 赤字予算をチェックできなかった予算委

来年度予算案は、当初から25億円もの赤字予算でしたが、予算委員会がチェックできず、議論もほとんどされず、通してしまったことが、大問題です。

議会の一番大事な役割は、市長ら執行部の不正や暴走を許さないことです。今回の赤字予算を認めてしまうとどんどん赤字がふくらみ、赤字再建団体に陥ってしまう危険があるのです。再建団体ラインは、40億円ですから、あと15億円です。こういう危機感を持って委員会に臨まなければいけないのです。

予算委員会ではそういう議論はされなかったので、私は、本会議場で赤字予算の危険性と議会の役割について、討論しました。以下、大事なところだけ抜粋します。

「一般会計予算は、まず何よりも実質収支25億円の赤字予算、単年度で13億円の赤字予算を組んでいることに強く反対します。

辞めていく新田谷市長は、『骨格的予算』と言いながら、25億円もの赤字予算を組むとは、まったく信じられないやり方です。そもそも行政の予算は、単年度主義だから、収支均衡が原則です。これは基本中の基本です。赤字予算を組むこと自体が禁じ手です。前年度の赤字を残すのは仕方がないとしても、来年度に13億円もの歳入不足予算を組むことなど論外です。財政担当でこんなことも検討せずに出すこと自体が失格です。仮に赤字予算を組むとしても、財政再建計画を明らかにした上でしかやってはいけないことです。財政健全化計画修正計画では、来年度は単年度黒字で実質収支は7億円の赤字になっており、まったく予算案と違っています。予算も健全化計画も全部やり直さなければいけないような深刻な内容です。

新田谷市長は記者コメントで『市民に厳しい状況を理解してもらうために、あえて歳出超過予算を組んだ』と述べている。なんと傲慢なコメントでしょうか!辞めていく市長が、大赤字予算を組んで『これだけ赤字を残してやったぞ』と言って、次の市長に引き継ぐのでしょうか。私にはまったく理解できませんし、常識はずれで恥ずかしい限りです。

こういう予算案であるのに、予算委員会でこういう内容のチェック議論がされていないことが残念でなりません。議会はチェック機関が一番の役割だから、こういう予算の組み方を議論しないのでは、市民から『何をやっているんだ』と言われても説明できないでしょう。こういう議論をしないで『附帯決議』を付けるやり方もおかしなやり方です

予算委員の名は、議会に聞いてください。

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2011年3月29日 (火)

三里塚現地闘争

110327 27日、千葉県成田市東峰で空港反対全国集会があり、泉州から仲間といっしょに参加してきました。晴天で暖かく、すごく気持ちのいい天気の中で集会が開催されました。参加者は、840人。全国から労働者、農民、学生らが、震災の「自粛」「和解」ムードをぶち破って参加しました。

集会では、東日本大震災と原発事故に対する怒りの発言が相次ぎました。三里塚反対同盟は、「声明」を発表し、被災地支援と全原発の停止を決議し、全国に呼びかけました。

被災地からこの集会に参加した、東北大学学生自治会委員長・石田真弓君は学友たちともに演壇に立ち、特別アピールをしました。菅政権ではなく学生自身の手で行われている救援活動を伝え「この東北の地で困難に立ち向かい生き抜く」と決意表明しました。続いて塩釜市職労として85年10・20三里塚闘争を口実とした不当な懲戒免職と闘ってきた労働者が「避難所を運営しているのは自治体労働者、教育労働者だ」と労働者の奮闘をつぶさに報告しました。さらに福島の農民のメッセージが読み上げられました。

森田恒一さんの開会宣言に続き、萩原進事務局次長が「怒りを爆発させ闘うしかない!」と全身に闘志をみなぎらせて基調報告をしました。

1103272 田中康宏動労千葉委員長は、「大災害の現実は資本主義、市場原理、新自由主義がもたらしたもの。労働者、農民、漁民が生きる手だてを奪われている。闘いは待ったなしだ。労働者と農民が団結してこの情勢に立ち向かい、怒りの声と結びつこう。国労本部のなだれうつ反革命的屈服を許さない。国鉄闘争と大震災との闘いは一つだ」と訴えました。

本当に「そうだ!異議なし!」という賛同の声、大きな拍手が起こり、菅民主党政権の震災攻撃=大失業と戦争攻撃に対して、職場、地域で被災地支援運動を組織しながら、ともに闘うことを決意しました。そして全国の原理力発電所の即時停止、廃炉に向けて訴え、闘うことを決意しました。

被災地の「生きるための闘い」と一体で、三里塚闘争、関西新空港闘争を闘うぞ!と決意を固めた集会でした。

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2011年3月22日 (火)

3・20被災地支援・反原発・反戦デモ

110320  アメリカのイラク開戦から8年目の20日、東京代々木公園で反戦集会が開かれた。震災を口実にした「集会、イベント中止」「自粛、和解」攻撃をぶっ飛ばして、全国から代々木公園に集まりました。

イラク反戦集会だったが、被災地支援集会になりました。泉州からも、単一乾電池、簡易ガスボンベ、カイロ、水などを持って行き、宮城から来た仲間に渡しました。

集会では、東日本大震災の被災者を全力で支援するため、全職場・全大学で被災地支援・反原発の大運動を起こす方針が提起され、1550人の参加者が心をひとつに闘う決意を固めました。また、19日に米英仏などの帝国主義がリビアに行った爆撃を徹底弾劾し、国際的反撃をたたきつけました。
織田陽介全学連委員長が基調提起を行いました。「昨年11・23の砲撃戦をもって始まった帝国主義の朝鮮侵略戦争を絶対に止める思いで今日の闘いを決めた。大震災の現実を前に、必要なことは悲しむことではなく、怒ることだ。政治休戦ではなく、闘うことだ。リビアは空爆、日本は大震災で人民の闘いが押しつぶされようとしている。世界の労働者はひとつだ。連帯し団結して闘おう」「自民党、民主党のやつらに社会を治めることはできない。これほどめちゃくちゃな社会を、私たち青年の力で必ずつくり直してみせる」「御用学者を追放し大学を学生の手に取り戻そう」と確信に満ちて訴えた。そして具体的に、△全職場・全大学で被災地支援の大運動を組織しよう、△反原発運動を安保粉砕・沖縄基地撤去の反戦・反核闘争として闘おう、△国鉄全国運動を闘い震災解雇・非正規雇い止めを粉砕しよう――と呼びかけられました。

集会後のデモは渋谷の中心街に向かって行きました。闘いを先頭で準備し打ち抜いた学生たちが最先頭で横断幕を持ち、動労千葉、三里塚反対同盟、闘う弁護士、在日・滞日外国人の隊列が続きました。その後を全学連と労働者の隊列が色とりどりの旗を林立させて前進しました。沿道には若者たちが鈴なり、飛び入り参加もありました。

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