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2008年2月12日 (火)

泉州ワーカーズスクールをやりました(^_^)

 2月9日(土)18:00から、第1回泉州ワーカーズスクールを堺市のシャレたカフェ「パンゲア」2階でやりました。民間労働者を中心に、自治体労働者、議員も参加して20人にもなりました。寒い中、お疲れさまでした。パンゲアは隠れた自分だけのカフェです。お世話になりました。ありがとうございました。

 今回のテーマは「労働者の権利~こんなこともできるんや!」の第1回目でした。講師は上野さん。今回は、労働組合の意味や8時間労働制を勝ちとってきた長い歴史、労働組合より先に争議があった歴史などを勉強しました。

 みなさん、いつから1日の労働が8時間労働制になったかご存じですか?今では当たり前のように考えていますが、実は長い闘いの歴史があり、多くの労働者の犠牲の上にあったのです。日本では、敗戦後からですから、まだ最近ですよ。世界的にみても1917年ロシア革命からです。その後、ヨーロッパの労働運動が高まり、革命の危機を感じた資本家階級が8時間労働制を認めていくのです。

 イギリスでは、労働者の平均寿命は20才そこそこだった!(?_?)  240年前の18世紀に産業革命がおきた後、労働者は1日15~16時間も働かされていたようです。毛織物工場や炭坑など勃興してきた産業では、成年ばかりでなく、子供も同じように働かされていたようです。あまりの過酷な労働のため、病気や労災で命を落とす人が多かったので、平均寿命が20才そこそこまでしか生きられなかったのです。「労働者種族が絶滅する」危機に陥り、労働者がいなくなれば工場は動かず、金儲けできないとわかった資本家は労働時間を短縮していくのです。つまり、労働者の命より、金儲けのために労働時間を短縮したというのが真実のようです。それでも12時間労働法ができたのは1833年で、それまでに多くの労働者が命をかけて闘ってきた結果です。当時は労働組合は非合法でしたから、命がけの闘いが必要だったと思われます。日本でも同じです。紡績工場の女工哀史、マッチ工場の少年労働者、炭坑の青年労働者などは過酷な長時間労働をしいられ、1~2年で労災や病気で命を落としたり、身体がガタガタになり、実家に帰されたという話はいくらでもあります。

 本当にびっくり!だけど今日でも資本=企業は同じ。長時間労働、サービス残業、偽装管理職など資本の儲けのために労働者をトコトンまでこき使います。資本主義の本質は昔も今も変わりません。

 質疑の中で「昔と今では働く環境が違う。20代で年収800万円ももらっている青年が労働者の階級意識をもてるのか?」と。意見が色々出ました。ある人が経験を語りました。「30代で年収1500万円もあり、結婚してマイホームも購入し、人生を謳歌していた技術職の労働者が、実験中に爆発事故で大けがをした。労災なので会社が補償して治療して復帰したのだが、後遺症で以前のような仕事ができなくなった。すると会社は、『仕事のできない人間はいらない』といじめ、嫌がらせで辞めさせようとした。そうなってはじめて使い捨てのモノ扱いする会社に怒り、労働組合に相談に来て、今団交やっている。そうなってはじめて労働者階級としての自覚が生まれ、闘う」という経験を話しました。(高給を取っている労働者の方が少数です。大多数はワーキングプアー。労働者階級そのものです)。

 そうなのだ!納得!昔も今も資本主義の本質は変わらない!新自由主義でもっと露骨になっています。労働者階級は激しく搾取され、働いても食えないワーキングプアーが1200万人を超えています。組合がなくても(ある方がいいが)闘う情勢に入っています。どんな権利があるのか、どう闘えばいいのか、一緒に考えていきましょう。これからも参加してください。

 次回が楽しみです。4月5日(土)18:00~20:00パンゲアです。

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